無裁定価格評価モデル

二項モデル

二項モデルは離散的な時間軸のもとで考える。つまり、現在、次の時点、次の次の時点という点列が時間そのものであると考える。

現実では、株価は現在時点で決定しており、次の時点でいくらになるかは確率的に決まる。つまり次の時点以降では株価は確率変数である。この確率変数を、コイン投げの結果に依存して2値のいずれかに定まるものと仮定するのが二項モデルである。

二項モデルを扱う目的の一つは、株価変動を二項モデルでシミュレーションすることによって、株式から生み出した派生証券の現在価格を合理的に見積もることである。

一期間二項モデル

二項モデルを現在(=時刻0)と次の時点(=時刻1)でのみ考えたものを一期間二項モデルという。

コイン投げ事象

一つのコインがあり、コインの表が出る確率がpp、裏が出る確率がq=1pq = 1 - pであるとする。

株式マーケットの定義

SSという株式があるとする。

株式SSの価格は

  • 時刻0ではS0S_0
  • 時刻1では、コイン投げの結果に依存し、表が出ればS1(H)S_1(H)、裏が出ればS1(T)S_1(T)

とする。S1(H)S_1(H)またはS1(T)S_1(T)のいずれかになる確率変数として表したいときは単にS1S_1と表す。

また、便宜のため

  • 上昇率 u:=S1(H)/S0u := S_1(H)/S_0
  • 下落率 d:=S1(T)/S0d := S_1(T)/S_0

と定義しておく。

マネーマーケットの定義

株式SSとは別に、コイン投げに依存しないで価格が決まるマーケットとしてマネーマーケットというものを考える。(一般には国債のようなデフォルトリスクがないものをイメージすれば良い。)

  • 金利rrが存在し、時刻0におけるマネーマーケットの1ドルは、時刻1において1+r1+rドルになるとする。

無裁定条件の仮定

  • 無裁定条件 0<d<1+r<u0 < d < 1 + r < u

を仮定する。(無裁定条件、および裁定機会について詳しくは書籍を参照)

リスク中立確率

もし、コイン投げの確率がp,qp,qではなく、

p~=1+rdud \tilde{p} = \frac{1 + r - d}{u - d} q~=u(1+r)ud \tilde{q} = \frac{u - (1 + r)}{u - d}

であるとすると、S1S_1の期待値が(1+r)S0(1+r)S_0となることが計算することで分かる。この確率(値)をリスク中立確率という。定義により、リスク中立確率である場合、この投資によるリターンの期待値はマネーマーケットでの運用と等しいので、リスクを取るメリットがない。

ポートフォリオと複製

各マーケットへの資産配分のことをポートフォリオという。(各マーケットの資産を並べたベクトルと思えば良い)

時刻0で異なるポートフォリオAA,BBであっても、時刻1での資産合計がコイン投げの結果に依存せず等しくなる場合がある。このとき、BBAA複製であるという。

派生証券の時刻0での無裁定価格

もし時刻0で、ある派生証券のみを持っているポートフォリオAAを、オプション以外のマーケットで構成したポートフォリオBBで複製できれば、BBの資産総額はその派生証券の時刻0での無裁定価格と考えることができる。もしそうでなければ、裁定機会が生じていることになる。(証明略)

派生証券の無裁定価格の導出

この派生証券が時刻1において

  • コイン投げの結果が表ならば V1(H)V_1(H)
  • コイン投げの結果が裏ならば V1(T)V_1(T)

となると仮定した時の時刻0での無裁定価格 V0V_0 を求める。

(ポートフォリオは、マネーマーケットの資産と株式SSの資産を並べて表記する)

まずは複製ポートフォリオを構成する。無裁定価格は、このポートフォリオ構成するために必要な手持ち額と一致する必要がある。そこで、手持ちの額を V0V_0 とする。ここから、Δ0\Delta_0分の株式SSを購入したポートフォリオ(V0Δ0S0,Δ0S0)(V_0 - \Delta_0 S_0, \Delta_0 S_0)は、時刻1で((1+r)(V0Δ0S0),Δ0S1)((1+r)(V_0 - \Delta_0 S_0), \Delta_0 S_1)となる。このポートフォリオの資産総額が派生証券の時刻1での価格にコイン投げの結果にかかわらず一致すれば良いので、

(1+r)(V0Δ0S0)+Δ0S1(H)=V1(H) (1+r)(V_0 - \Delta_0 S_0) + \Delta_0 S_1(H) = V_1(H) (1+r)(V0Δ0S0)+Δ0S1(T)=V1(T) (1+r)(V_0 - \Delta_0 S_0) + \Delta_0 S_1(T) = V_1(T)

V0V_0Δ0\Delta_0について解けばよい。これを解くと

V0=11+r(p~V1(H)+q~V1(T)) V_0 = \frac{1}{1 + r}(\tilde{p}V_1(H) + \tilde{q}V_1(T)) Δ0=V1(H)V1(T)S1(H)S1(T) \Delta_0 = \frac{V_1(H) - V_1(T)}{S_1(H) - S_1(T)}

が得られる。前者をリスク中立価格評価式、後者をデルタ・ヘッジ式という。

多期間二項モデル

一期間二項モデルの考え方を多期間に拡張する。

NN期間二項モデル

時刻0から時刻NNまで、同じコインをNN回投げる事象を考える。これをNN期間二項モデルという。

コイン投げ事象

nn回のコイン投げの結果を ω1ωn\omega_1 \ldots \omega_n と表記する。ただし、ωi{H,T}\omega_i \in \{H, T\}である。例えば、表、表、裏と出た場合はHHTHHTと表記する。

株価

時刻nnでの株価SnS_nは、それまでの全てのコイン投げの結果に依存する。コイン投げの結果がω1ωn\omega_1 \ldots \omega_nであれば、株価はSn(ω1ωn)S_n(\omega_1 \ldots \omega_n)となる。

派生証券の無裁定価格

派生証券の価格がコイン投げの結果に依存して時刻NNにおいてVN(ω1ωN)V_N(\omega_1 \ldots \omega_N)となるとする。このとき、一期間二項モデルと同様にして無裁定価格V0V_0を計算したい。

時刻nnの時点で、コイン投げの結果がΩ=ω1ωn\Omega = \omega_1 \ldots \omega_nであると仮定し、次の時刻n+1n+1における派生証券の価格がコイン投げの結果に依存して、表が出た場合はVn+1(ΩH)V_{n+1}(\Omega H)、裏が出た場合はVn+1(ΩT)V_{n+1}(\Omega T)となると仮定する。

時刻nnにおけるポートフォリオ

(Vn(Ω)Δ(Ω)Si(Ω),Δ(Ω)Si(Ω)) (V_n(\Omega) - \Delta(\Omega) S_i(\Omega), \Delta(\Omega) S_i(\Omega))

は時刻n+1n+1において、

((1+r){Vn(Ω)Δ(Ω)Si(Ω)},Δ(Ω)Si+1(Ω)) ((1+r)\{V_n(\Omega) - \Delta(\Omega) S_i(\Omega)\}, \Delta(\Omega) S_{i+1}(\Omega))

となるので、

(1+r){Vn(Ω)Δ(Ω)Si(Ω)}+Δ(Ω)Si+1(ΩH)=Vn+1(ΩH) (1+r)\{V_n(\Omega) - \Delta(\Omega) S_i(\Omega)\} + \Delta(\Omega) S_{i+1}(\Omega H) = V_{n+1}(\Omega H) (1+r){Vn(Ω)Δ(Ω)Si(Ω)}+Δ(Ω)Si+1(ΩT)=Vn+1(ΩT) (1+r)\{V_n(\Omega) - \Delta(\Omega) S_i(\Omega)\} + \Delta(\Omega) S_{i+1}(\Omega T) = V_{n+1}(\Omega T)

を解けば良い。これを解くと、

Vn(Ω)=11+r(p~Vn+1(ΩH)+q~Vn+1(ΩT)) V_n(\Omega) = \frac{1}{1 + r}(\tilde{p}V_{n+1}(\Omega H) + \tilde{q}V_{n+1}(\Omega T))

Δn(Ω)=Vn+1(ΩH)Vn+1(ΩT)Sn+1(ΩH)Sn+1(ΩT) \Delta_n(\Omega) = \frac{V_{n+1}(\Omega H) - V_{n+1}(\Omega T)}{S_{n+1}(\Omega H) - S_{n+1}(\Omega T)}

となる。VNV_Nの価格は分かっているので、上式を使ってVn1,Vn2,Vn3V_{n-1}, V_{n-2}, V_{n-3} \ldots と帰納的に定義することでV0V_0を計算することができる。

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